誰かや何かに認められたい、あるいは認められないと恐ろしいことになると瞬間的に思い(条件反射的に思ってしまい)、それとともに内側に葛藤が起こり、その葛藤と葛藤により生まれる苦しみで、極端な話、死んでしまうんじゃないかと思うことがあります。
とはいえ、実際に恐ろしいことが起こっているわけではないのですが、例えば、新しいことに挑戦しようとするとき、偉い人、憧れの人、権威と言われるような人に認められたいと願うとき、もしくは認められ期待に応えなければと思うとき、やらなければいけないとわかっているのに手が付けられないときなどに、このような思考のクセが出ます。
わたしは昔、結構な大病をしたのですが(今はすっかり元気です)、その原因は、この思考のクセが引き起こしたものだと思っています。外が原因というよりは、わたしの中に病気の種(周波数)があったという感じ。
で、このような思考のクセを何とかしたくて(苦しいのでね)、心理学や自己啓発、スピリチュアル関連の本を読んだり、「これはいいかも!」という方の話を聴きに行ったりしました。その結果、完全にではありませんし、まだまだ道半ばというところですが、その解決の糸口をつかみかけているような気がします。
なので、今のわたしがいいと思うこと、貴子流「葛藤を鎮め心を平和にする方法」を頭の整理を兼ねてシェアしてみます。
前述したような思考の癖は、内側が分離しているから起こることだということに気づきました。
例えば、やらなければいけないと感じることがあるとき(生きていると、やらなければいけないことも出てくるものですが)、まずそれをやらない場合に想定される現実を想像して恐怖が出てきます。そして、その現実を創った自分をジャッジします。次に、そんな恐ろしいことになるのは避けなければいけないから、なんとか自分を縛ってでもそれをしよう(しなければいけない)という思考が出てきます。淡々と書いていますが、こういう思考の流れになっていることにわりと最近まで気づきませんでしたし、そういう方は意外に多いんじゃないでしょうか。現代人は感情や感覚に蓋をしがちなので。でも、それって苦しいです。
で、原因のネガティブな感情(あるいは感覚)の手放し方は、色々な方が色々な方法を提案されているので、ピンときた方法をありがたく試してきました。中には簡単で即効性があるものもあり、誰もが使える方法を編み出して提供されていることに感謝しかありません。が、やはり人は皆違うので、はじめは徹底的に真似したとしても、最終的には自分に合う方法を生み出していくことが肝要なんじゃないかと、最近は感じています。
なので、あくまでわたしがいいと感じる方法ですが、葛藤が起こったとき、次のような色合いの違うインクが溶け合う渦巻きをイメージをして、次のような言葉を唱えるとザワザワしていた心がスーッと穏やかになることに気付きました。
(相反する感情がグルグル溶け合うイメージをしながら)
まるごとの自分が素晴らしい、愛しています
言葉は、自分がしっくりくるようにアレンジされたらいいと思いますが、要は、「相反する感情、どちらも、あるいは全部わたしであり、どの感情もいていいんだよ、まるごとのわたしが素晴らしい」というように全部認めることが大切です。そして最後の「愛しています」について、愛だなんて我ながら気恥ずかしいですが、この言葉を唱えると不思議なほどに心の中が平和になります。要するに愛されたいだけなんだなと、その単純さに笑ってしまうんですが、そんなものなんじゃないでしょうか。他の人のことはわかりませんが、少なくてもわたしはそう。だから自分で自分を愛してあげるという感じ。
とうわけで、貴子流、葛藤を鎮め心を平和にする方法でした。