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記事一覧 > 罪を抱えたまま生きるということ──映画『起終点駅』を観て
映画『起終点駅』を視聴しました。闘うのも、裁くのも(裁かれるのも)、あまり好きじゃないなぁと思いつつ、終わりと始まりの物語に、静かに引き込まれました。
佐藤浩市さん演じる弁護士は、過去のある出来事を悔やみ、もう何十年も自罰的な生活を送っています。不倫の末に妻子を捨て、そして一緒になるはずだった彼女を死に追いやってしまったことを(厳密にはそう単純ではないのですが)、自分自身がどうしても許せない。哀愁漂う、いわば影のある役です。
不倫の是非はさておき、こんなふうに意識的に、あるいは無意識に自分を罰し続けてしまうことって、映画の中だけの話ではない気がしました。生きてくる過程で「自分は罪深い存在だ」と思い込んでしまうこと。常識や社会通念として刷り込まれてきたものです。
たとえば、
・今、苦しめば将来は楽ができる
・苦しまなければ豊かさは得られない
苦しみというエネルギーを使って前進しようとする。
=苦しみがなければ成長できないと思い込む
=より良く生きるためには苦しみが必要だ
=だから苦しみを手放せない
=苦しみは自分を守ってくれる
=自分を罰し続けなければならない
……そんな思考の連鎖です。
これが骨の髄まで染み込んでいたら、そりゃあ病気にもなりますよね。だから私は、ときどき自分の深いところにある「思い込み」を点検する必要があると思っています。
少し映画の話から逸れてしまったかもしれませんが、作品としてもとても良かったです。尾野真千子さんの妖艶さ、佐藤浩市さんの渋み、本田翼さんの純粋さ、そして北国の風情。そのすべてが重なり合って、引き込まれました。
とはいえ、ドロドロとした人間ドラマは、そろそろ卒業したい気分でもあります。そういうものは映画の世界にお任せして、現実世界では、もう少し軽やかに生きていきたい。今は、そんなふうに感じています。